テンツーは最初はれなと同じぐらいの大きさでした。
けれどその並外れた食欲で物怖じせずにうちの玄関に上がりこみ、
弱かった(起きてるときだけ元気ですぐ眠ってしまう)れなが残したミルクや、
食べられなかったシーチキンなどをむしゃむしゃと食べ皿をきれいに舐めるのがテンツーでした。
だんだん肢が太くなり顔も大きくなってきて、さすが男の子という感じ。
「こきゅ。」と変な声を発する以外はほとんど鳴かない“無口な“猫でした。
性格はいたって単純、脳天気。食欲のかたまりのような行動パターン。
お腹がすくと一心不乱、無我夢中で食べ物を探し回る。
お腹がいっぱいになると、ごろんごろんしてるだけ。
満腹でくつろぐテンツーにしつこくじゃれかかり、
好奇心がエネルギーで生きているような、れなとは明らかに性格が違いました。
やがてヤンママ猫の姿が見えなくなり、7月末頃になりました。
残った5匹の仔猫の世話を母親猫が見ていたのですが
1匹また1匹と毎晩仔猫の数が減っていきました。
どうも、母親猫は夜中に年長仔猫たちを自分のテリトリーの外に連れ出して、
巣立ちをさせているようでした。
まだ甘えて追ってくる小さい仔猫だけが疲れて帰ってきては朝から庭で眠っていました。
案の定、すぐに はぐれるれな(当時の名前はみー)もやがて行方知れずになりました。
そしてとうとう最後に残った仔猫はテンツーだけになってしまったのです。
そしてその日は来ました。テンツーも巣立ちに連れ出されたのです。
朝、庭に出ると、やっとのことで「食べ物をくれるお庭」に帰ってきたテンツーが、
厳しく見張る母猫(テンツーにとってはおばあちゃん猫)を危惧して
うちの玄関に入れず、わずかに嘔吐してぐったりしているのです。
あの食欲旺盛なコが食べ物をやっても、辛そうに食べず、水をちょっと舐めただけ。
「どうしたの!?悪いものでも食べたの?」と草陰に寝かせてやりました。
あいにくパートに出かける日だったので、気になりつつ外出しました。
午後にはテンツーはうちの庭から消えていました。
今思うと、このときどうして何とかしてやらなかったのかと悔やまれます。
しかしその頃は、まだ猫を飼うつもりはありませんでした。
テンツーには野良猫という自由な身分があり、
うちの庭に遊びに来るのなら、それでいいと思っていたのです。
その日スポーツクラブのナイトクラスから帰ってきた私は、
暗がりの中でうちの前の道路の上に猫の影を見つけました。
母親猫が何かを舐めています。よく見るとそれは、テンツーの変わり果てた姿でした。
弱ってヨロヨロしていたところを車に轢かれてしまったようでした。
仔を突き放すくせに、仔(正確には孫)が死んだことを受け入れずにいる動物の本性。
私がテンツーを庭に埋めるまで、母親猫は亡骸を舐め続けていました。
テンツーはその夜、星になり、必死で帰って来たかった、うちの庭の入り口に
永遠に眠ることになりました。
そして、それが最後の仔猫のはずだった、のです。
(つづく)
在りし日のテンツー。
ピンクのお鼻と肉球がかわいかった。